ほのかにアートな東京ライフ。都内でわさわさ働くまりもの日記。趣味は海洋生物、フランス系芸術、音楽、写真。Copyrigt-©lamusique All Rights Reserved. lamusique@excite.co.jp


by lamusique
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カテゴリ:生きる( 9 )

調べ、祈り。

緊迫する原発の進捗報道ののち、ラジヲから流れてきたのは馴染みのあるクラシック・ピアノ曲。特段良いと思ったことのない曲だけど、音のまにまに揺れる弦の響きと、柔らかな旋律にしばらく聞き入った。

音楽ってのは小粋で美しいものだなあ。
人は楽器なんてものを作り出し、音をつむいでこんなにも素敵な調べへと昇華させてきたんだ。

何もかもを一瞬で吹き飛ばしそうな"畏怖"にさらされている今、もっとも根源的で大切な何かがホロホロと、ようやく頭をよぎりはじめている。

ああ、神様、どうか私たちをお守りください。
被災地の最前線で働くあの人たちをお守りください。
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by lamusique | 2011-03-15 02:02 | 生きる

がんばれ、日本!

地震発生後、Twitterで投稿された心に残るつぶやき
http://prayforjapan.jp/tweet.html

「物が散乱しているスーパーで、落ちているものを律儀に広い、そして列に黙って並んでお金を払って買い物をする。運転再開した電車で混んでるのに妊婦に席を譲るお年寄り。この光景を見て外国人は絶句したようだ。本当だろう、この話。すごいよ日本。@kiritansu」

国連からのコメント「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力でにほんを援助する。@akitosk」

「韓国人の友達からさっききたメール。”世界唯一の核被爆国。大戦にも負けた。毎年台風がくる。地震だってくる。津波もくる・・・小さい島国だけど、それでも立ち上がってきたのが日本なんじゃないの。頑張れ超頑張れ。”ちなみに僕いま泣いている。@copedby」



悲しい映像、逼迫した状況に文字通り胸が痛む。
それでもやっぱり、日本は本当にすごい国だと思う。顔をあげて、前を向いて、乗り切ろう。私たちは強い。
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by lamusique | 2011-03-14 20:53 | 生きる

HONNOU

夕べ、あの人の細くて綺麗な指を思い出したよ。夢に出てきた瞬間にまるで別人になっていて、どうしてそんな姿になってしまったのかと夢の中でも不可思議に思っていた。終わったのに、終わらない。永遠に続きそうな秋の空気に眩暈がしそうだ。



君はいつも、先のことを心配して今を存分に楽しまないのは、「酔いしれない」のはもったいないことだというけれど、それはとても怖いことなんだ。中庸の感情で生きていれば、いつか、あるいは次に失うときにはもっと冷静でいられるのじゃないかとバリアをはってるから。

人は1か0で生きている。一寸先は闇なんだ。私のやまないツンデレ態度に君がいつか嫌気がさすときがきたとしたら、その時には私のこころの傷をちょっとだけ話せるかもしれない。もうそのときにはきっと、すべてが手遅れなのだろうけど。
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by lamusique | 2010-10-17 20:50 | 生きる

Return to the sea

海鳴りをきくと、胸がうずく。

ゆっくりと歩みをすすめるあなたが、あなたの背中が、海に迎えられるようにして吸い込まれていく。
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by lamusique | 2010-02-15 01:29 | 生きる

connect the dots.

さあ、新年明けました。
より良い2010年に向けて新しい心づもり。アップル社長スティーブ・ジョブズが2005年スタンフォード大学で行ったスピーチをみなさんと共有できればと思います。全文・和訳はこちらのブログから どうぞ。



you can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. So you have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. Because believing the dots will connect down the road, it gives you confidence to follow your heart; even it leads you off the well-worn path. And that will make all the difference.                       
Steve Jobs Standford Commencement Speech 2005, 一部抜粋


"先を読んで点と点をつなぐことはできません。後からふり返って初めてできるわけです。したがってあなた方は、点と点が将来どこかでつながると信じなければなりません。自分の勇気、運命、人生、カルマ、何でもいいから、信じなくてはいけません。点がやがてつながると信じることで、たとえそれが皆の通る道からはずれても、自分の心に従う自信が生まれます。これが大きな違いをもたらしてくれるのです"

今年もどうぞよろしくね(´❤`)。
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by lamusique | 2010-01-02 18:08 | 生きる

もどって、すすむ。

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「会社をやめます。お世話になりました。」

と、かねてからお世話になっていたエライ人に事前のご挨拶をしたところ、考え直せ戻ってこい何とかしてやると言われ、ほんとうに即日もろもろの対応をしていただき、あまりの有難さから新年より復職することにしました。

退職については随分と悩んだ上に今後のキャリアを諦める覚悟で出した結論だったので、エライ人の有難い言葉にも即答することができず数日放置。これまたアレコレと悩んだのだけど、人の恩に報いるとか期待に答えるといった道徳的な思考は、実践してこそ意味があるように思いはじめ、せっかくもらった機会から逃げないで新たな一歩を踏み出してみようかなという結論にいたりました。

故人の死から数ヶ月、やり場のない気持ちを抱えて一生立ち直れないのではないかという思いで日々を過ごしてきましたけど、大学時代に某商社のインターンを共にうけた戦友に「仕事なんて何でもええやんけ。ちょっとずつでも外に出て元気に笑ってるまりもを見たいと思うで。」と言われて、全部ゼロに戻すつもりで実家からのんびり働きにでてみようか→今の会社をやめる前にエライ人に御礼言わなくちゃ→救いの手はありがたいけど、会社復帰なんて無理すぎる→エライ人がここまで動いてくれたんだからやっぱり復帰してみようか、という流れで今日にいたっています。

この短い間を思い返してみても、周囲のいろんな人に支えられて私の一日一日は成り立っていて、何にも進まないんじゃあ助けてくれた人にも申し訳ないなあと、泣いてるばかりじゃしょうがないかなと、少しそんな風に思えるようになりました。

きっと本当に少しずつですけどね。
私は生きてるんだから、生きてる間に何か一つ学んで、何か一つ恩返しができればいいなと思います。

このブログを通じてお話をしてくださっている皆さんにも本当に感謝しています。
ありがとう。

どうか、良いお年を。
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by lamusique | 2009-12-31 20:24 | 生きる

生きよ、青年

「男はいつだってかっこよくキメたいって思ってる」
「本気なんだよ」

そう素直に言えた君はもう、かっこよくキマってる。



まっすぐまっすぐまっすぐまっすぐ前をみて自分の信じる道を、魂のすべてをかけて生きる君は素晴らしい!悩んでもだえて転がって鼻水たらして泣きながら道を探し、正直に生きる君は素晴らしい!!君の涙は大地を潤し、息吹は小さな花を咲かせる。生まれ泣き笑い進み戻り飛び振り返り回りうつむき見上げ立ち止まってはまた進む、そうして精一杯をめいっぱい生きる今の君がこの惑星の輝きそのものなんだ。

君は輝いてる。

生きよ、青年!
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by lamusique | 2009-12-09 06:10 | 生きる

流れゆく

大阪まで郵便物を出しにいってきた。大阪の運転手さん、久々に話すとケンカうっとんかっていうぐらい語気が荒くてびっくり。関西弁てこんなんやったっけ?でも親切。

「もーここんとこ夜になると冷えまっさかいね」と言われ、「そうですね。あっという間に寒くなりましたね」と相槌を打ったところでえもいわれぬほど侘しくなった。

あの人が亡くなった時、私はまだ半そでの服を着ていなかったか。運転手さんは続けて新年の話をする。そうだ、それで来年はあの人のいない新年を迎えるんだ。私の心は止まったままなのに、時が当たり前に流れていることを今更ながらに気づいて、揺れる車中、こぼれ落ちそうな涙をこらえるのにやっきになった。



夜道道々、私の涙なんかに運転手さんは気づくまい。気づいたところで何も思うまい。それでいいんだ。こうしている間も、時はただひたすらに流れゆく。それでいいんだ。
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by lamusique | 2009-11-05 00:12 | 生きる

生きる。

大切な人を亡くし、幾週間かが過ぎました。

悲しみは日増しに狭く、深くなるようで、現実をあるがままに受け入れることは非常に難しいと痛感しています。
堪えがたい感情はいかなる言葉をも無力にするほど強烈で、脳裏にやきつくすべての思い出が刃となって自身を切り刻むようにも感じます。

抗いようのない感情のうねり、まとまりなく錯綜する思いをこのノーテンキなブログに吐露し、見知らぬ読者の方々と共有することを躊躇していましたが、過ぎた日々をブログ上の日記で振り返り、故人の存在があったゆえに過ごせた幸せな日々を想い、感謝し、今ここにその人の生きた証として、記憶の断片を記したいと考えるにいたりました。

おそらく、少しずつしかお話しすることはできないと思います。書いてもまた消すようなことがあるかもしれません。また、それがこのブログの読者になんの意味をもたらすのか分かりません。それでも、これが今の私の日常であるということなのでしょう。



故人が骨になり、宇宙の一物質と化したことを理解はしても、理性と心は必ずしも一致しません。
うねっては返す感情の波に漂い、立ち上がろうと力を入れた次の瞬間には根底から崩れ落ちていく、これを一日中とりとめもなく繰り返しています。いつか見た映画のように慟哭し、そのうち半狂乱になって、帰ってきてほしいと、一目でいいから会いたいと、触れたいと、抱きしめたいと、愛していると泣き叫びたいと思うのですが、なぜか今、私はただ静かに泣くよりほかになすすべがありません。



告別式の日、住職は言われました。故人は納得して亡くなっている。「ごめんね、ありがとう」と、そういう穏やかな気持ちだけが伝わってきますよと。そして疑い深い俗人;私は思いました、「誰にでも言ってるんちゃウン!」。でも、他方で信じたいという気持ちがあり、住職が続けた言葉が本当であれば本当に良いのにと思っています。「故人があなたと出会い、亡くなる日まで過ごせたことを幸せに思い、感謝していることを理解してあげることです」――。私はしかし、やはり、信じたいのです。



死は、日常の延長にはありません。
予期しないもので、また想像しうる「理解」の範疇を超えていました。

私は今、死後の世界を案じ、霊を弔い、祈る――。こうした古来からのしきたりが持つ意味を探り、哲学者の言葉を借り、仏典の教えを頼りに救いをえようともがいています。

お経をとなえて成仏を祈り、故人は海に帰ったのだと落ち着きを取り戻し、空からあなたを見守っていると言われて頷いてはみるものの、いやそうではない、もはやカルシウムと化しただけだ、見守っているかなど分からない、今はすべてが無に帰したのだ、いないという事実がだけが真実なんだと投げやりな気持ちにもなります。

そして最後には、この存在の無、無がもたらす混沌とした感情の渦を、すべて受け入れざるをえないことに愕然とするのです。

私にとって「死」は、受け入れられるものであると同時に受け入れられないものであり、そこに横たわる厳然たる真実でもあり、およそこれまでに見聞きした言説によって説明しうるものではありません。あらゆる書物は私に何かを問いかけますが、いかなる崇高な教えも哲学も、結局は自分の信じる道を模索する行為にほかならないと今は思うのです。

「人の死は、どうにもできない事実である」と友人は言いました。また「残された本人にしかこの事実を消化することはできない」とも言いました。私は小学校来のこの友人の存在に感謝しています。
結局のところ、答えは自分の心の中にしかないのでしょう。



故人がいないと夢で泣き、朝目覚めてやはりいないと泣きました。これがいつまで続くのか、想像すれば果てなくて息苦しくなります。ともに歩んだ道、愛でた景色はいつかの時まで封印されることになるでしょう。それでも、私には生きていくという以外に選択肢を持ちません。こうしてここに今の気持ちを記して、ひとまず今日を生きるという心持ちで立ち上がり、前を向くべく努めています。私は今この時に、声をかけてくれる存在に感謝してやみません。



もしも、これを読むあなたに耐え難いと思うつらいことがあっても、どうか生きてください。あなたがそこにいるだけで、幸せに思う人がいます。あなたの求める言葉のかけ方、優しさの示し方が分からない周囲を許して、生きてください。

もしも、これを読むあなたに愛する人がいるならば、そのことを伝えてあげてください。愛していると抱きしめてあげてください。言葉にしてはじめて伝わることもあると思うからです。

もしも、あなたの支えとなるささやかな喜び、人があるならば、そのことに気づいてあげてください。嬉しいと、ありがたいと伝えてあげてください。伝える相手がいるうちに伝えることに意味があると思うからです。

生きていることに意味があるのかどうか、私には分かりません。それでも、思い通りにならないことが7あったとしても、残り3の喜びに幸せを見出すのが人生なのではないかと思います。そして生あるかぎり、やり直しは何度でもきくものです。そのうち、死は誰の上にも静かに訪れます。長く時間をかけることもあれば、その日は突然訪れるかもしれません。だからその時まで、今そこにある小さな身近な幸せを幸せと気付いて、かみしめてください。きっと人生というのはそうしてゆっくりと歩んでいくものなのだろうと私は思うのです。
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by lamusique | 2009-10-14 14:03 | 生きる