ほのかにアートな東京ライフ。都内でわさわさ働くまりもの日記。趣味は海洋生物、フランス系芸術、音楽、写真。Copyrigt-©lamusique All Rights Reserved. lamusique@excite.co.jp


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アロマ

雨ですね。

少し冷えるので、暖かいカモミールティと、ピエールエルメのマカロンでほっこりしています。夜はアロマのキャンドルをたくことが多いのですが、写真の大きなキャンドルは大英博物館で購入したゴッホの『ひまわり』がモチーフとなっています。
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昔、私はゴッホの作品があまり好きではありませんでしたが、ゴッホがひまわりを描いたときのエピソードに感動して以来ゴッホは好きな画家の一人となりました。

当時彼はアルルのアトリエをかりて画家の家をつくりたいと考えていました。誰もが断る中、友人のゴーギャン一人だけはアルルまでくると言い、喜んだゴッホは、ゴーギャンが到着するころには枯れてしまうひまわり畑の花を急いで描き、飾り気のない部屋をひまわりでいっぱいにしようと考えたのだそうです。このため、ひまわりの絵は7~8枚あったように記憶しています。

二人の共同生活はご存知の通り悲しい結末を迎えてしまいましたが、ゴッホの繊細な一面を垣間見ることのできるお話だと思いました。そういえば近年、ゴッホの耳を切ったのはゴッホ自信ではなくゴーギャンだったという節が発表されましたね。本当のところはどうなのでしょう。いずれにしても、『ひまわり』という作品を前にしたときの圧倒的な存在感と、喜びにあふれたようなイエローの色味は本当に素晴らしいもので、人生の中でこの作品めぐり合えたことを嬉しく思っています。



アロマといえば、最近香寺ハーブガーデンのハーブにこっています。左からマッサージオイル、ローズウォーター、ベルガモットのオイル。さらに、お風呂はローズポプリにセージと、植物園のようになっています(´∀`)。笑 

ハーブティーもおいしいし、おすすめです♪
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# by lamusique | 2009-11-01 17:25 | 本日のまりも

散歩道

一ヶ月ぶりに散歩にでました。
空気は肌寒く感じられましたが、考えてみれば11月も目前に迫っているのだから当然ですね。

公園の木々もまた秋の装いの準備に余念がないようで、せっせと色味を変えている真っ最中というところでしょう。
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バス停に着くと、「予定より一分早くバスがきて、逃してしまったの。」と悲しむおばあさんが。「後のバスにのった方が良いことがあるんかもしれませんよ(´∀`)」とお返事したら、「そやね、ありがとう。」と笑われた。

万事塞翁が馬って言うよね?こういうスローな考え方って私が南国育ちだからかもしれん。



本日気になった言葉。

「善き意思、あるいは悪しき意思が世界を変化させるとき、変えうるのはただ世界の限界であり、事実ではない。すなわち、善き意思も悪しき意思も、言語で表現しうるものを変化させることはできない。(・・・)」ウィトゲンシュタイン著 『論理哲学論考』 野矢茂樹訳

個人的には、ウィトちゃんのこっそり日記(勝手に命名)の方が人間くさくてすきです(・∀・)。天下のウィトゲンシュタインが、愚痴ったりキッスがどうのって悩んだりしています。わはは。

論理哲学論考 (岩波文庫)

ウィトゲンシュタイン / 岩波書店


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# by lamusique | 2009-10-28 00:51 | 本日のまりも

気づき

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「ハートをどうぞ♪」

さほど広くない庭も、よくよく見れば小さな生き物がそこかしこに息づいてる。

こんなところに小さな花が咲いていたんやなあ、と写真を撮って拡大したら、花の隣にはハート型の葉っぱ、後方にアリらしき虫が厳かに鎮座していた。

あんなに目をこらしてカメラを構えたのに、私はすぐとなりの小さな生き物が見えてなかった。きっとありふれた日常の一こま一こまで同じことがおこっているんやろう、そう思うとせんない気持ちになった。

大学では自身を言葉の専門家の卵と称して、昼夜そのテクストが何を言いたいのかを考え、人にはない発見を追い求めていた。きっと本当は、大昔の書物にある『テラス』の意味を詮索するよりも、今そこにいる世界をしっかりと見つめて、そばにいる人の言動に深く注視し、その人の言葉が言わんとすること、求めていることに気づいてあげる方がよっぽど現実的でタメになるのじゃないかと思った。

研究そのものを否定する気はないし、研究によって読み解かれた書物のおかげで私は救われもしているわけだから、結局はバランスの問題なのかもしれないのだけど。
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# by lamusique | 2009-10-23 09:43 | 写真

秋の赤色

庭に咲くチェリー・セージ。
赤いお花は今が満開!と得意げに説明したいところだけど、初夏頃からずーっと満開だったような気がする。笑
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秋の赤、というと「O WILD WEST WIND, thou breath of Autumn's being(・・・)」で始まるシェリーの『Ode to the west wind(西風のオード)』を思い出します。

秋の枯葉を"hectic red"と表現するくだりがあるのですが、吹きすさぶ風に舞い上がる、いわば朽ちた赤色の枯葉を「いっちゃってるくらいに燃えてる赤」と捉えた詩人の感覚が情熱的で好きだ!!と、初めて読んだ時に嬉しくなったから。

どうなのでしょう。「サルビアのように赤い唇」などとやや性的な表現をさそう赤色の一年草がある一方で、紅葉の赤色を着物でまとう芸者が熱っぽく語られた事はあったのでしょうか。秋の色づきといえばワビサビ、とある一定の固定概念に基づいてこの季節を迎えていた私ですが、シェリーの詩を読んで以来、秋に植物が見せる赤色は、彼らが放出する狂わんばかりの情熱に思えて仕方がないのです。

■以下、参考箇所■

「(・・・)Yellow, and black, and pale, and hectic red,
Pestilence-stricken multitudes : O thou,
Who chariotest to thier dark wintry bed(・・・)」

(訳:ネットより抜粋)
「(・・・)黄色に 黒に 灰色に 真っ赤な色に
染まった枯葉がおびただしく舞う 西風よ 
お前は種を吹き飛ばして地上にばらまき(・・・)」



というわけで。
本日も、庭を眺めて過ごしました。←定型文になりそう
お父さんの風呂イスが思いのほか良い塩梅だったので、テラスに出してぼんやり座ってます。近所の人に変な人やと思われてるわ。笑

そうこうしてたら東京のヘッドハンターから数本電話があって、中でもかなり興味のある案件が二つ。外出もままならないこんな状態でどうやって都内で仕事を続けよう(・ム・)、と思いつつ 面接のアポ入れちゃった。

(;´∀`)アレマー!

どうしよう、一人で東京にいける自信がないぜ。あーん、だれか丸の内口まで迎えにきてください。お礼は出町ふたばの豆大福でナー。
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# by lamusique | 2009-10-21 19:26 | 写真

Autumn Leaf

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たくさんの色をまとい、光のプリズムで艶やかに色を変える秋の木々です。

すっかり寒くなりましたね。
冬がもう駆け足で近づいてきているように感じます。



プリズムといえば、私の顔も秋のプリズムマジックで誤魔化してしておくれよ、というのが今の心境です。

泣きはらしてドンヨリとした表情に冴えはなく、妹に「え、それでお化粧してたのん?( д)゚゚」と驚愕され、「あら、そんな本当のこと言って(;´∀`)!」と母に微妙なフォローをされて、いよいよ本当にヒドイのだと実感したのです。

不憫に思ったのか、夜に私の部屋を訪れた妹が顔の半分だけお化粧してくれました。
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# by lamusique | 2009-10-19 07:41 | 本日のまりも

Bee, in love.

ひれ伏すようにローズマリーに口づけるミツバチを見ました。
フワフワの背中にくるりと花弁をまわすのがローズマリーです。

ローズマリーはこの季節、薄紫の綺麗な花を咲かせるんですよ。
ミツバチに蝶々にだんごむし、秋の庭もなかなか賑やかです(´∀`)。

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Title: 「Bee, in love」

*Rosemary: 属名 Rosmarinus は「海のしずく」の意、愛や貞節の象徴とされる。
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# by lamusique | 2009-10-16 20:39 | 写真

生きる。

大切な人を亡くし、幾週間かが過ぎました。

悲しみは日増しに狭く、深くなるようで、現実をあるがままに受け入れることは非常に難しいと痛感しています。
堪えがたい感情はいかなる言葉をも無力にするほど強烈で、脳裏にやきつくすべての思い出が刃となって自身を切り刻むようにも感じます。

抗いようのない感情のうねり、まとまりなく錯綜する思いをこのノーテンキなブログに吐露し、見知らぬ読者の方々と共有することを躊躇していましたが、過ぎた日々をブログ上の日記で振り返り、故人の存在があったゆえに過ごせた幸せな日々を想い、感謝し、今ここにその人の生きた証として、記憶の断片を記したいと考えるにいたりました。

おそらく、少しずつしかお話しすることはできないと思います。書いてもまた消すようなことがあるかもしれません。また、それがこのブログの読者になんの意味をもたらすのか分かりません。それでも、これが今の私の日常であるということなのでしょう。



故人が骨になり、宇宙の一物質と化したことを理解はしても、理性と心は必ずしも一致しません。
うねっては返す感情の波に漂い、立ち上がろうと力を入れた次の瞬間には根底から崩れ落ちていく、これを一日中とりとめもなく繰り返しています。いつか見た映画のように慟哭し、そのうち半狂乱になって、帰ってきてほしいと、一目でいいから会いたいと、触れたいと、抱きしめたいと、愛していると泣き叫びたいと思うのですが、なぜか今、私はただ静かに泣くよりほかになすすべがありません。



告別式の日、住職は言われました。故人は納得して亡くなっている。「ごめんね、ありがとう」と、そういう穏やかな気持ちだけが伝わってきますよと。そして疑い深い俗人;私は思いました、「誰にでも言ってるんちゃウン!」。でも、他方で信じたいという気持ちがあり、住職が続けた言葉が本当であれば本当に良いのにと思っています。「故人があなたと出会い、亡くなる日まで過ごせたことを幸せに思い、感謝していることを理解してあげることです」――。私はしかし、やはり、信じたいのです。



死は、日常の延長にはありません。
予期しないもので、また想像しうる「理解」の範疇を超えていました。

私は今、死後の世界を案じ、霊を弔い、祈る――。こうした古来からのしきたりが持つ意味を探り、哲学者の言葉を借り、仏典の教えを頼りに救いをえようともがいています。

お経をとなえて成仏を祈り、故人は海に帰ったのだと落ち着きを取り戻し、空からあなたを見守っていると言われて頷いてはみるものの、いやそうではない、もはやカルシウムと化しただけだ、見守っているかなど分からない、今はすべてが無に帰したのだ、いないという事実がだけが真実なんだと投げやりな気持ちにもなります。

そして最後には、この存在の無、無がもたらす混沌とした感情の渦を、すべて受け入れざるをえないことに愕然とするのです。

私にとって「死」は、受け入れられるものであると同時に受け入れられないものであり、そこに横たわる厳然たる真実でもあり、およそこれまでに見聞きした言説によって説明しうるものではありません。あらゆる書物は私に何かを問いかけますが、いかなる崇高な教えも哲学も、結局は自分の信じる道を模索する行為にほかならないと今は思うのです。

「人の死は、どうにもできない事実である」と友人は言いました。また「残された本人にしかこの事実を消化することはできない」とも言いました。私は小学校来のこの友人の存在に感謝しています。
結局のところ、答えは自分の心の中にしかないのでしょう。



故人がいないと夢で泣き、朝目覚めてやはりいないと泣きました。これがいつまで続くのか、想像すれば果てなくて息苦しくなります。ともに歩んだ道、愛でた景色はいつかの時まで封印されることになるでしょう。それでも、私には生きていくという以外に選択肢を持ちません。こうしてここに今の気持ちを記して、ひとまず今日を生きるという心持ちで立ち上がり、前を向くべく努めています。私は今この時に、声をかけてくれる存在に感謝してやみません。



もしも、これを読むあなたに耐え難いと思うつらいことがあっても、どうか生きてください。あなたがそこにいるだけで、幸せに思う人がいます。あなたの求める言葉のかけ方、優しさの示し方が分からない周囲を許して、生きてください。

もしも、これを読むあなたに愛する人がいるならば、そのことを伝えてあげてください。愛していると抱きしめてあげてください。言葉にしてはじめて伝わることもあると思うからです。

もしも、あなたの支えとなるささやかな喜び、人があるならば、そのことに気づいてあげてください。嬉しいと、ありがたいと伝えてあげてください。伝える相手がいるうちに伝えることに意味があると思うからです。

生きていることに意味があるのかどうか、私には分かりません。それでも、思い通りにならないことが7あったとしても、残り3の喜びに幸せを見出すのが人生なのではないかと思います。そして生あるかぎり、やり直しは何度でもきくものです。そのうち、死は誰の上にも静かに訪れます。長く時間をかけることもあれば、その日は突然訪れるかもしれません。だからその時まで、今そこにある小さな身近な幸せを幸せと気付いて、かみしめてください。きっと人生というのはそうしてゆっくりと歩んでいくものなのだろうと私は思うのです。
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# by lamusique | 2009-10-14 14:03 | 生きる

静寂に、君を想う

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静寂に、君を想う。

どうか祈りを。
おおいなる安らぎを、君に。
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# by lamusique | 2009-10-10 20:00 | 写真

マイクロミニ・マジック

鈴虫の鳴声が聞こえてくるようになりました。
日が落ちるとすっかり涼しくなりまして、はや秋の風情が感じられます。

そんなわけで、顔模様(?)も秋色へと変化中。シャネルのチーク、アイシャドウ、あとはクレド・ポーの下地やらファンデを秋仕様で揃えました。今年はリップの色をボルドー気味にして大人っぽくしたい。



で、帰宅途中の電車の中。

マイクロミニのパンツからスラリと伸びたナイスおみ足を颯爽とのばして歩く美しいハーフ風のお姉さんが目の前に座りました。ビビアンのゴールドミュールがお洒落だわ、片肌ぬいだトップスが色っぽいわで、疲れOLの私は久々の目の保養とばかりに釘付けになっておりましたが、ふと座席の端っこに目をやれば、大学生くらいの若っプルが口喧嘩の真っ最中。

彼女「ちょい、何みてんのよ。ちょい!」

彼氏「え、だって、ほら、あれー。」

彼女「ちょい!」 

彼女はそう言ったかと思うと、彼氏の首とあごを両手でむんずと掴み、綺麗なお姉さんに釘付けになっているその顔面をコマのごとく回して自分の方へと向けようとしている。スゲェ(・V・)!

しかし、まだまだ抵抗する彼氏。首をまたくるりと戻し・・

彼氏「だって、ほら、ほら!」

彼女「こおの、スケベやろーう。」

と、また首をむんずとする。


・・・と、まあそうこうするうちに、綺麗なお姉さんは某駅で降りていってしまったのだけど、若っプルのかわいらしい痴話げんかに微笑ましい気持ちになりました。や、当人は真剣なんかもしれんけど。

どうもね、男の人って見てしまうものらしいよ。好きとかそういうの関係なしに。と、言ってあげたかったりなかったり。あんまり彼女を心配させんと仲良うしてください(^^)。夏の終わりの一コマでしたー。オチなし!
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# by lamusique | 2009-08-26 00:47 | たわいないお話

花火

花火は金糸、もしくは銀糸がきらきらと天空から降り注ぎ、煌きの残像を残してゆっくりと消えていくものが好きです。

↓下の方にけむりかかった。ガーン。手持ちで夜の撮影は厳しィ。やっぱり三脚は必需品ですワナ。
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# by lamusique | 2009-08-20 03:35 | たわいないお話
1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下されました。およそ14万人にも上る罪無き死者を出したこの日の事を、日本人として、また世界人としても忘れてはいけないと思います。

デザイナーの三宅一生は、2009年7月14日付の『ニューヨーク・タイムズ』への寄稿(A Flash of Memory)の中で自身の被爆体験を初めて公表しました。2009年4月にアメリカのバラク・オバマ大統領がプラハでおこなった『核廃絶』(これまでの大統領は『核の縮小』までしか言及しなかった)についての演説が、「語ることに気乗りしなかった、自分の内側の深い場所に埋もれていた何かを呼び覚ました」のだそうです。彼はこの手記の中で、毎年、原爆投下の時間に合わせて黙祷を捧げていると述べ、またオバマ氏には未来のためにも是非一度式典に参加してほしいとうったえています。世界に名をはせる三宅がこうした手記を発表したことには大きな意義がありますね。

一つ喜ばしいこと。
麻生首相は今年、原爆症の認可を得られず国の補助を受けられずに訴訟をおこしていた被爆者300人全員にこれを認めるとしたこと。外国への莫大なODAも良いのですが、日本にはまだまだ困っている人がいますからね。歴史的にも非常に意味のあることだと、その迅速な対応に関心しました。

幼い頃にはさして興味をいだかなかったこの夏の一日について、このところより深く考えることが多くなりました。さまざまな想いがつむがれた命の重みは計り知れないものです。戦争はよくない、あやまちが云々というありきたりな道徳的言説はおいておき、日本という国に生まれ、日本に育ててもらった日本人として今、やはり忘れてはいけないこと、世界にうったえていかねばいけないこと、守っていかなければいけないことがあるのだと痛切に感じる次第です。

慎ましく黙祷をささげます。
2009年8月6日

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以下、ニューヨーク・タイムズに寄せられた三宅一生の手記。

『A Flash of Memory

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Published: July 13, 2009
Tokyo

IN April, President Obama pledged to seek peace and security in a world without nuclear weapons. He called for not simply a reduction, but elimination. His words awakened something buried deeply within me, something about which I have until now been reluctant to discuss.

I realized that I have, perhaps now more than ever, a personal and moral responsibility to speak out as one who survived what Mr. Obama called the “flash of light.”

On Aug. 6, 1945, the first atomic bomb was dropped on my hometown, Hiroshima. I was there, and only 7 years old. When I close my eyes, I still see things no one should ever experience: a bright red light, the black cloud soon after, people running in every direction trying desperately to escape — I remember it all. Within three years, my mother died from radiation exposure.

I have never chosen to share my memories or thoughts of that day. I have tried, albeit unsuccessfully, to put them behind me, preferring to think of things that can be created, not destroyed, and that bring beauty and joy. I gravitated toward the field of clothing design, partly because it is a creative format that is modern and optimistic.

I tried never to be defined by my past. I did not want to be labeled “the designer who survived the atomic bomb,” and therefore I have always avoided questions about Hiroshima. They made me uncomfortable.

But now I realize it is a subject that must be discussed if we are ever to rid the world of nuclear weapons. There is a movement in Hiroshima to invite Mr. Obama to Universal Peace Day on Aug. 6 — the annual commemoration of that fateful day. I hope he will accept. My wish is motivated by a desire not to dwell on the past, but rather to give a sign to the world that the American president’s goal is to work to eliminate nuclear wars in the future.

Last week, Russia and the United States signed an agreement to reduce nuclear arms. This was an important event. However, we are not naïve: no one person or country can stop nuclear warfare. In Japan, we live with the constant threat from our nuclear-armed neighbor North Korea. There are reports of other countries acquiring nuclear technology, too. For there to be any hope of peace, people around the world must add their voices to President Obama’s.

If Mr. Obama could walk across the Peace Bridge in Hiroshima — whose balustrades were designed by the Japanese-American sculptor Isamu Noguchi as a reminder both of his ties to East and West and of what humans do to one another out of hatred — it would be both a real and a symbolic step toward creating a world that knows no fear of nuclear threat. Every step taken is another step closer to world peace.』
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# by lamusique | 2009-08-08 19:22 | ファッション雑談

あやとり。

こっちとこっちを引っ張って・・ブリッジ♪みたいな。
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って、ほんまムチャクチャな電線かましよってからに( `д´)プンスカ

日本はもっと都市の景観に気を使ってもよいと思う。
理想は「昔ながらの良い建造物をそのまま残しつつ、中身だけ近代化」というスタイルですが、ここ最近の都市開発といえば一挙丸つぶし→超近代建築投入とする傾向があるので少し残念です。長い歴史をもって築き上げてきたその国独特の景観は子孫に残し伝える財産でもありますから、この辺りはしっかりとした都市計画(&相当な予算)をもってお国にがんばってもらいたいところですね。
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# by lamusique | 2009-07-27 20:15 | 写真

追憶

写真の整理をしながら、昔懐かしい日々を笑い、首をかしげ、呆れてからしばし感傷にひたった。学生時代にとにかく楽しめとばかりに過ごした時間は、断片的なイメージとして手元に残されている。こんな時間もあった。あの人はどうしているのだろう。しかし私はえらく金のかかった服装をしてるな。親のおかげだ。それにしてもこれがすべてだったろうか。ここにない瞬間は、もはや一生をかけても思い出せないのかもしない。

せっかくなので、今部屋にある写真たてから『素敵』というそれだけで鎮座していた良く知らない土地のイメージ写真をとりはずし、自分の思い出を飾ろうと、あまたある写真の中から選別を始めた。

選んだのは、イヴ・サン・ローラン最後のデフィレを垣間見たポンピドゥーセンター前の広場の写真と、ソルボンヌで学友だったクレシュニケ達と一緒に撮った写真。前者はただそこにある風景を切り取ったもの、後者はみな一様に寝起きのボサボサ髪で、ソフィ家のベッドの上で数人そろって笑っている、いわば何の変哲もない写真だ。確かクレシュニケが帰国する朝の写真で、みなが寂しがる中、彼女だけは郷里にいるボーイフレンドに会える!と嬉々としていたのを思い出した。そう思って写真をみなおしてみると、なんだか彼女だけムンムンと色っぽいようにも見えてくる。←おっさん思考

クレシュニケとは毎日ともに学校に通った。同じ講義を選択することが多く、つまらない授業の時にはノートのはしっこでメモのやりとりをして遊ぶ。食事は学食ですませるのだが、イスラム教徒で豚が食べれない彼女に気を使って私も魚か牛肉を選択することになるのだが、ある日「豚は一度もたべたことないの?」と聞くと、「あるの。うふ。」と言われて、ニヤリと笑ってしまった。

イヴ・サン・ローランは私にとってパリの象徴だ。彼が衣服を通して創り出す壮大な空間芸術にはいつも胸がときめいた。留学中に彼の引退が発表された時はひどく悲しくて、その日の新聞をすぐに買いにいったし、最後のデフィレを近くで見たくて何のツテもないのにポンピドゥーセンターまで出向いた。すると嬉しいことに、広場に設置された大スクリーン2台はデフィレを中継しているじゃないの!会場入り口の真っ赤な絨毯を縁取るようにして強烈なストロボライトが並び、各界の著名人がひっきりなしに通る様を必死でとらえていて、遠めながら大統領とソニア・リキエルの三角おかっぱだけはこの目で確認できた。デフィレ終了後、すぐそばのカフェで小型PCを用いて記事を執筆するエディターをみたときには、私は絶対にファッションエディターになるんだ!などと心に決めたものだが、それから数年後にはなぜかお堅い分野の文屋になり、以来カタメの分野から足を洗えないのだから人生って分からない。

まだまだ短い私の半生、お金をかけたお洒落をして、ひどく華やかなパーティに出ずっぱりだった頃もあったけど、思い返してみていとおしいのは、写真として飾りたかったのは、ただやみくもに学んだ時間、何かを吸収しようと脳みそを全開にしていた時なんだなあ、などととりとめもない事を思いつつ、写真たてのツメを一つずつ閉じ、本棚の上に静かにおいた。


すみません。人の思い出話なんてつまらんものです(^^;)。
今日も雨。曇天。
こちらの梅雨明けはまだしばらく先になりそうです。

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『追憶のかなたに』
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# by lamusique | 2009-07-21 20:11 | 写真
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朝露を宝石のようにまとう葉の美しいこと。
昨夜の豪雨が残した一寸の贈り物。




あの人が酒を浴びるように飲み、そのうち話のつじつまが合わなくなってくるのは非常に良くないと思ったので、脳みそのことを考えて少しはひかえるようにとたしなめてから床についた。この日も、いつもの通り寝物語にと枕元においてある万葉集をひらいてみると、「賢しみと物いふよりは酒の見て酔泣きするしまさりたるらし」(賢者ぶってものを言うよりは、酒を飲んで酔泣する方がましであろう)というウタに出会い、思わず苦笑した。

「生者ついひもし塗るものにあれば今の世なる間は楽しくをあらな」(生きているものは、ついには死ぬものであるから、この世に生ある間は楽しくありたいものだ)――これもまた酒を賛むるウタとして紹介されていたが、この際酒でなくともなるほどと勇気付けられる一首であると思った。
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# by lamusique | 2009-07-20 06:08 | 読書

予兆

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嵐の前触れ。晴天にもかかわらず、げに怪しげなる雲の動き。

こののち辺り一帯は大雨に降られ、夜半過ぎには強大な電光乱舞にみまわれることとなりました。
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# by lamusique | 2009-07-20 05:42 | 写真